【Kenshi 小説】太刀鋼―Tachigane―
ぎちり、と靴底に刺さっていた牙の砕ける音が、踏みしめた足から伝わってくる。緩やかなスロープを降りて、大した時間も掛けずに腹をすかせた交代の魚人がここにやってくるだろう。俺はそいつを待ち伏せて、順番に処理するつもりだった。
「邪魔だな」
脳漿(のうしょう)をぶちまけて倒れている魚人を見て、俺は何気なく先ほどまで俺が繋がれていたポールに死んだ魚人を繋いだ。そして扉のない部屋からゆっくりと出ると、びたびたと聞こえる足音に口角を歪める。
ちょうどはす向かいに魚人の居ない部屋が見えた。俺は手早く安全を確認しながらその部屋に体を滑り込ませると、びたびたと響く足音から、交代要員であろう魚人の動向を知覚していた。あと少しで牢部屋にたどり着くであろうタイミングで、なるべく音を立てないように気を使いながら、違和感に感づいて声を挙げようとしていた魚人に向かって跳躍する。
「カッ」
勢いに任せて太刀を薙げば、相棒はその期待に十二分に応え、先ほどまで食欲をたぎらせて揚々と降りてきた魚人の首を狩り落としていた。遅れて迸る血潮はびゅうびゅうと部屋を濡らし、やがて心臓の動きとともにその勢いを弱めていく。弱っていく心臓に同調するかのように弛緩した魚人の身体はやがて、重力に抗う力を失ってどさりと倒れた。
倒れてもなおてらてらと切断面を濡らす血液は、生命を宿らせていたことを確かにうかがわせるようにみずみずしさを保っている。
「……」
俺は歯こぼれはおろか血糊すら寄せ付けない不思議な刀身をもつ相棒を軽く振ると、完全に出血が止まった魚人を牢に繋ぎ、再び隣の部屋へと姿を隠した。
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