【Kenshi 小説】太刀鋼―Tachigane―
武具への警戒はないのか、はぎ取られた装備もなく、失った物はない。手首の痛みに顔をしかめながら、動きに支障がないことを確かめる。しこたまに殴られた頭はいまだにクラクラするが、この場所から抜け出すならそこまで気にすることもないだろう。
むしろ、いざ逃げ出したとなれば気にしている余裕もなくなる。今必要なことはとにかく走り通せるかどうかだけだ。
拘束用のポールがいくつか立ち並ぶこの場所から少しだけ離れた場所で、魚にかぶりついていた魚人がふいに顔を上げた。頭の両脇でせわしなく動き回る両目があきらかに俺で止まっている事に気が付いた俺は、いよいよ覚悟を決める。
やるしかねえ。
俺の背丈ほどもある藪(やぶ)であらかたを囲まれているのでその先に何匹の魚人が居るのかは分からないが、少なくとも気配は2,3匹の魚人程度と”なんとかなりそう”な予感を信じて獲物を握る。警戒の声を上げる間もなく不用意に近づいてきた魚人はあっさりと体を二分させた。振りぬいた刃先の血を勢いで飛ばすと、血糊に頓着せずにそのまま鞘(さや)に刀を仕舞う。
今はただ、この場所から逃げ出さなきゃならない。
方向は日の向きと、腹時計でなんとなくは分かる。あとはこの両足で可能な限り駆け抜ければいい。問題はどこまで果てしなく追ってくる魚人の追手をどう処理するかだが、俺はちょっとした作戦を思いついていた。
ふらつく頭をどうにか奮い起こしながらも、両足は大地を蹴りだし、魚人のキャンプを抜け出すために俺は動き出した。
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