【Kenshi 小説】太刀鋼―Tachigane―
※この小説は、ゲームKenshiを題材とした創作です。
――師
気づけば肌を文字通り焦がす雨に、荒野に倒れていた俺はぼんやりと歪む視界の中で沈みかけていた事を覚えている。
この世界で生きるためには、どこかで秀でていなければならない。
例えば純粋な強さであったり、理に聡く知恵が回ったり、運がよかったり、空気が読めたりすることだ。そしてそれは子供であることや女や種族で考慮されることは無く、等しく誰にも平等に、まさにこの酸の雨のように降り注ぐのだ。
「太刀鋼、どうした?」
師であり、育ての親でもあるウォレスが静かに俺に訪ねてきた。
「なんでもない」
「……そうか」
師匠……爺さんに拾われる前の事を思い出していたなんて、なぜか言うに憚(はばか)られた。そんな思いが複雑に絡んで表情に出ていたのかどうかは分からないが、爺さんはそれ以上なにも聞いてくる様子もなく、じりじりと肌を焦がす酸の雨に目を細めながら言葉を継いだ。
「この先に集落の跡地がある、そこでキャンプを張るぞ」
爺さんが眺めるその後ろで、こくりと頷きを返す。見えてはいない筈だが爺さんは頷きを確認したかのようなタイミングで走り出した。あわてて俺はそれを追うが、もはや化け物というべき領域の爺さんの健脚は瞬く間にその姿を小さくさせていく。
「くっそ……」
爺さんから渡され、手慰みの様に日々技術を磨いている大刀が背中で鳴っている。
目指している背中は遥かに遠く、そしてどこまでも高い。それに比べてそこらに転がる小石の如き矮小な俺をあざ笑うかのように、背中を占める刀はがちゃがちゃと五月蠅く鳴いていた。
――行脚
爺さんは浜辺に面して建てられていた足場にテントを張ると、簡単な寝所を設置し、どこからか用意した食材用の樽に獲れたての魚を放り込んだ。俺も見様見真似で海中を泳ぐ魚を捕まえようとしてみるが、まったく捕まえられる気配はない。
「下手くそよなあ」
そんな俺を見て爺さんがにやりと笑う。さして有難くもない感想は、至らぬ技術をこれでもかと認識させた。
「……ちっ」
悔しさで漏れ出た悪態が、冷たい海の藻屑へと消えていく。
そういえば、俺が爺さんに拾われてから幾日が経ったのだろうか?
やせ細ってガリガリだった俺の手足はいまやそれなりに見られるようになった。あの頃見ていた大人たちに比べても、多分簡単に負けたり、食い物を奪われるようなことも早々ないはずだ。もっとも、こんな辺境に人が居るとも思えないが。
今、俺たちがいる場所は大陸の遥か南端、ロイヤルバレーと呼ばれる魔境だ。
浜辺にちょっとした足場がいくつか残っていたり、近くに壊れた警備スケルトンが大量に打ち捨てられている廃墟があるくらいだから、昔は人が住んでいたこともあったんだろう。そんな辺境で爺さんが何を求めて来たのかといえば、「化け物」だと話してくれた。
なんでも「全てを食らう破壊の化身」だとかって話していたように記憶しているが、一度だけ話してくれたっきりそれ以降は話そうとはしてくれなくなった。今は「修行だ」としか答えてくれない。
まったくなんて偏屈爺さんなんだ。
ただ、化け物みたいに強い爺さんが「化け物」呼ばわりする存在が一体どんなものなのか……、俺には恐ろしくて想像なんて出来そうもなかった。
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